教育とは?教養とは? ~人生は受験ではない~

更新日:2月16日


今日は少し、真面目な話をします。

私たちが普段考えていることを、お話します。


受験が大好きな

JUKEN CAMPの和田一真です。


「今、子どもたちが必死に取り組んでいる教科学習が、

人生にどれほどの意味をもたらすのか?」


というテーマです。


知識基盤社会と言われる現代社会、

情報そのものの価値というのは、1日で廃れます。


1日で歴史となる。

1日で、化石となる。


なぜなら、情報は日々新しい情報に更新されるからです。


インターネットをクリックすれば必要な情報はすぐ手に入り、

インターネット発信した情報は、すぐに共有される。


このような社会で情報そのものの価値は、

ありません。


しかし、知識は違います。




知識とは、情報を成果に結びつける能力のことで、

子どもで言えば、成績を上げるのは知識です。


情報ではありません。

さらにその中でも、ずっと変わらない

価値ある知識というものがあります。


それが、「絶対に忘れない知識」です。

これを、知恵とも言います。


それは、何のことでしょうか?

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その前に、話を戻します。

では、なぜ人は学ぶのでしょうか?


学んでいる内容は、調べればすぐに分かるというのに、

なぜ、学ぶのでしょうか?


その答えが、私たちが考える教育と、

密接な関係があります。

私たちが考えている教育とは、

“教育のかたち”とは?


「すべてを忘れたときに、確実に知っていること」

を残すことです。これは、すごく大切な概念です。


すべてを忘れたときに知っていることが、

教育の成果です。

私たちは、人の本質とは、

その人の持っている教育のかたちで決まると考えています。


また、教育のかたちが整理整頓されている人のことを、

一般的には「教養がある」と言われています。

教養人を育てたい。

実はのための、JUKEN CAMPであり、

テストであり、受験であり、挨拶である。 ---------------------------------------




世の中のありとあらゆる学習方法というのは、

本来はこの教養を身につけるためのものだと言えるでしょう。


それを意識していなくても、

その具体的方法として、教科指導が適している。


知識を詰め込みたいわけではなく、

争ってほしいわけではなく、教養を身につけてほしい。


それが、知識基盤社会で求められる本質ではないでしょうか。


つまり、詰め込んだ知識ではなく、

その過程で得たことが大切です。


すべてを忘れても、

確実に知っていることが大切です。

それが、教育であり、教養です。

ですから、学んでほしい。


テストを通じて、受験を通じて、

人生と向き合ったときに活きる教養を学んでほしい。

私たちは、そう考えています。


受験が大好きな

JUKEN CAMP

和田一真