今日は少し、真面目な話をします。
私たちが普段考えていることを、お話します。
受験が大好きな
JUKEN CAMPの和田一真です。
「今、子どもたちが必死に取り組んでいる教科学習が、
人生にどれほどの意味をもたらすのか?」
というテーマです。
知識基盤社会と言われる現代社会、
情報そのものの価値というのは、1日で廃れます。
1日で歴史となる。
1日で、化石となる。
なぜなら、情報は日々新しい情報に更新されるからです。
インターネットをクリックすれば必要な情報はすぐ手に入り、
インターネット発信した情報は、すぐに共有される。
このような社会で情報そのものの価値は、
ありません。
しかし、知識は違います。
知識とは、情報を成果に結びつける能力のことで、
子どもで言えば、成績を上げるのは知識です。
情報ではありません。
さらにその中でも、ずっと変わらない
価値ある知識というものがあります。
それが、「絶対に忘れない知識」です。
これを、知恵とも言います。
それは、何のことでしょうか?
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その前に、話を戻します。
では、なぜ人は学ぶのでしょうか?
学んでいる内容は、調べればすぐに分かるというのに、
なぜ、学ぶのでしょうか?
その答えが、私たちが考える教育と、
密接な関係があります。
私たちが考えている教育とは、
“教育のかたち”とは?
「すべてを忘れたときに、確実に知っていること」
を残すことです。これは、すごく大切な概念です。
すべてを忘れたときに知っていることが、
教育の成果です。
私たちは、人の本質とは、
その人の持っている教育のかたちで決まると考えています。
また、教育のかたちが整理整頓されている人のことを、
一般的には「教養がある」と言われています。
教養人を育てたい。
実はのための、JUKEN CAMPであり、
テストであり、受験であり、挨拶である。 ---------------------------------------
世の中のありとあらゆる学習方法というのは、
本来はこの教養を身につけるためのものだと言えるでしょう。
それを意識していなくても、
その具体的方法として、教科指導が適している。
知識を詰め込みたいわけではなく、
争ってほしいわけではなく、教養を身につけてほしい。
それが、知識基盤社会で求められる本質ではないでしょうか。
つまり、詰め込んだ知識ではなく、
その過程で得たことが大切です。
すべてを忘れても、
確実に知っていることが大切です。
それが、教育であり、教養です。
ですから、学んでほしい。
テストを通じて、受験を通じて、
人生と向き合ったときに活きる教養を学んでほしい。
私たちは、そう考えています。
受験が大好きな
JUKEN CAMP
和田一真
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